株式会社ぷちてんぐ
代表取締役社長 小柳 彩子
2000年 薬剤師免許取得
2002年 上海中医薬大学留学
│ 1年間曙光病院で臨床実習をする
2003年
2003年9月 日本に帰国「置き薬」を継ぐ
2003年11月楽天市場に「プチテング」をオープン
2004年3月 法人化「株式会社ぷちてんぐ」を設立
2004年5月 国際中医師ライセンス取得
2006年3月 「プチテング」ライブドア店オープン
![]() |
会社で一番若いボク。。。 会長である祖父の後を継ぎ、社長になってしまいました。 ぷちてんぐでは東海3県を中心に「置き薬」業をしています。 薬剤師、国際中医師という職業を生かして? 皆さんにこの仕事を通じて健康アドバイスできればなあ〜 田舎を元気にさせたいな〜 な〜んて思っています。 |
◆やなが社長になってしまった・・・
「27日 常雄 交通事故により首 骨折 寝たきりの可能性大すべてを引き上げて帰国されたし!」
タクラマカン砂漠の手前で読んだ電報の様なメールで私の人生は一変しました。
現在愛知県で7人の従業員さんと共に家庭配置薬販売業(置き薬)とインターネット通販会社の代表取締役をしています。
皆さん置き薬はご存知でしょうか?
各家庭に薬箱を置いていただき、その中の使った分だけのお薬の代金を次回お伺いしたとき頂くという
「先用後利」という考えに基づいて古来日本で出来た商法です。
正直言ってその当時、置き薬は継ぎたくありませんでした。
なぜなら現在の生活習慣には合っていないと思ったからです。
最近は核家族化が進み、共働きが多くなり、家族の多いご家庭でも昔のように家族同士のコミュニケーションが少なくなっています。
そのような情況で果たして置き薬という職業は今後成り立っていくのだろうかという疑問を抱いていました。
私は帰国をためらっていました。中医学を学ぶため中国に滞在して1年ちょっと、まだまだ物足りませんでした。
老師に頼み、あと1年ほど病院で中医師としての実習をする予定でした。
様々な思いが交錯しました。
私は父が居らず、祖父がこの配置薬業で立派に私を大学にまで行かせてくれました。
何不自由なく暮らせてこれたのは紛れもなく祖父のおかげ、そしてこの配置薬業のおかげだったのです。
半日ほど悩んだ私はともかく祖父の会社に電話をしてみようと決心し、公衆電話に向かいました。
もちろん祖父が出る訳はなく、従業員さんに現状を聞きました。
その従業員さんの心細そうな声を聞いた瞬間、私は帰国を決意。
旅行先の銀川から急いで上海に戻り、翌日に日本へと発ちました。
直ぐに病院に向かいサイボーグのように頭を固定された祖父に対面しました。
脊椎損傷です。
完全損傷であるため、もうも元の様には戻れないとのこと。
それどころか高齢であるため、この状態になったら1年持つかどうかわからないと言われました。
私はあれほど拒んでいた置き薬業を継ぐことを決心しました。
◆中医にはまってしまった訳
中医とは日本で言う漢方医学や東洋医学です。
漢方は中国から中医が入ってきた後に日本で独自に発展したものです。
私はその元となる医学にとっても興味を抱きました。
その訳はやはり私の生い立ちに関係してきます。
ちっちゃい頃から祖父の置き薬を身近に感じて育ってきました。
いつも病院の薬とは違う和漢薬があったのです。
そこから漢方に興味を持ち始めたのですが、
色々調べていくうちに、中医というものが存在するということを知りました。
しかも中医では決まった漢方でなく、今も一薬一薬処方し、
その人にしかない、オリジナルの薬を処方するのです!
また、患者さんの「症状」重視のため、西洋医学的に病気でなくとも 中医では病気として処方できるんです。
いわゆる不定愁訴も病気としてみて、処方することができるんです。
自分でも処方してみたい!!
オリジナルの薬を作りたい!!
それがきっかけでした。